会長挨拶

久慈学区コミュニティ・・・「久慈」への思い

 よく久慈町は古い歴史のある町と言われます。「大化の改新」という言葉は皆さんもご存じかと思います。645年という年号を覚えている方も多いと思います。「久慈」はその時にこの辺り一帯に付いた地名です。国の形が作られ「常陸国」が生まれ、それを構成する11の郡の一つとして生まれました。それ以来、約1400年間ずっと変わることなく久慈という地名でした。

 久慈の語源については、奈良時代、713年の風土記編さんの詔(みことのり)によって作られた「常陸国風土記」ではヤマトタケルによって付けられた地名とされます。また、アイヌの言葉で、川口にある砂州ということで「くす」から「くじ」になったという説があるようです。久慈川が町の脇を流れ、小学校の下から太平洋に流れ出ていた時代、「向こう渚」があったことをご存じの方ならうなずけるかも知れません。近くにある南高野貝塚の出土品からも分かるように、海、川、山の産物に恵まれ、穏やかな気候であることから古くから人が住み着いていた土地のようです。海辺特有の冬暖かく夏涼しい気候は今も変わりません。漁業が盛んだった時代からの共助の思いも残っています。

 気候的に住みやすい町ですが、それだけでなく、住民の力で充実した生き方ができる、誰もが満足できる町にしていきたいと思います。

 ある政治家の有名な演説の中にこのようなフレーズがあります。

 ask not what your country can do for you ask what you can do for your country.

(国があなたに何をするのか問うのではなく、あなたが国に何ができるか自問してください。)この countrycommunity に置き換えて考え、そして行動してくれるたくさんの人が久慈学区コミュニティを支えてくれています。このように考え、そして行動する人がさらに増えてくれば、もっと豊かなコミュティになっていくと考えます。

 慈しむ心が永く続くようにという願いが込めれた素晴らしい地名の町を、皆さんと一緒に、未来に向けて発展させていきたいと思います。

 

久慈学区コミュニティ推進会 石川善憲会長